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国境なき医師団(MEDCINS SONS FRONTIERS, MSF)は証言する道を選んだ。

前回はICRC赤十字国際委員会の紛争地での活動のお話をしました。

どんなに危険な紛争地域でもぎりぎりの状況で危険と支援のバランスを取りながら活動を継続させて、人道支援を最大にすることだけを考えて現場で戦っているのです。

武器をもつ兵士の勇気があるように、丸腰で人道支援を行う勇気があります。

イチロー「す、すごい。俺はサンダーバードにこだわって反省してる」

ケンジ「マスクなしのスパイダーマンだ!」

ハナ「しかも、私達は知らなかったのよねえ」

私「そう。我々は現場のことを知らないんだ。今日は出だし好調だ。君たちみたいな中学生がいて、俺は嬉しい…」

ケンジ「泣くこたないだろ!」

ハナ「もー、そろそろ証言する道の話をしてください!」

そうです。今日は人道活動における「証言」の話です。
ナイチンゲールやアンリ・デュナンのように、戦場で傷ついた人達を敵味方の区別なく治療する中立性の話は前回しました。

彼らが活躍した時代は、主に2大勢力が戦争という形で争っていました。
合従連合があっても誰が争っているかは、分かり易かったのです。

そうした状況であれば、現場の医師や看護士が一方に加担しない、政治的な発言をしない(つまり紛争当事者にとって都合の悪いことを言わないことで)、どんな紛争地域でも一定の活動空間(人道的空間といいます)を確保できたといえます。


イチロー「見ざる、聞かざる、言わざる、ってこと?」

ケンジ「そんなの変だ!」

ハナ「いじめを見ないふりするのと同じね」

私「その通りだよ。そんな困難な状況で活動しているんだ。助けようとしても、いじめっ子達が許可しないと教室に入れない。先生、教育委員会はまったく頼りにならない。そもそも警察なんか存在しないんだ。つまりいじめっ子が一番強い、誰も手が出せない状況なんだ。人道的空間というのは、いじめっ子の許可をもらって怪我している子の手当をするってことなんだよ」

ハナ「えー、そんなの絶対許せない!」

イチロー「やっぱりサンダーバードが必要じゃないか!」

私「その話に戻るなって!続きがあるんだから」

ホロコーストのように、少数民族が抹殺されてしまうジェノサイドが起きている時でも、人道的空間を確保するために黙っているのでしょうか。
それは消極的協力にはならないか。

国家が機能していない、あるいは政府自体が犯罪を犯しているとき、組織的で継続的なレイプや、誘拐を繰り返して子供兵士を使っている時、人類の良心に衝撃を与えるような罪(アトロシティー・クライム)が発生するとき、人道支援は中立性を守り、黙って医療活動を続けるのか。

それは、最大多数の犠牲者に医療支援をするための最善の道なのか。それとも、中立性を犠牲にしてでも「証言」を行うことで世界の注目を集め、政治責任をも追求すべきなのか?

MSF国境なき医師団は証言する道を選びました。証言する。
つまり、特定国家で行われている許し難い犯罪を告発する。内政不干渉の原則を破り、主権国家の権威を犯しても行動するということなのです。

イチロー「ないせー、ふかんしょう.. 何も感じないんだろうなあ」

ケンジ「それは不感症だろ!」

ハナ「あんた達、知らないのね。内政不干渉は国連の一大原則なのよ!」

私「ハナちゃん、よく知っていたね」

ハナ「予習したんです。いつまでもサンダーバードじゃないから」

イチロー「傷つくよなあ」
MSF国境なき医師団は1971年12月20日に創設されました。
ビアフラ(内戦で引き裂かれたナイジェリアの一地方)と東パキスタン(現在のバングラデシュ)に派
遣されていたフランス赤十字の医師達が、この二つの危機的状況に対応しきれなかった赤十字の反省を踏まえて創設したのです。

目的は一つ。危機的状況下で一刻も早い人道支援を提供することです。
そのために当該国家が非協力的であれば従わない、緊急事態において国境線が障害ならば尊重しないという、人道支援の歴史を画する活動をめざしました。引用1

イチロー「国境なんか無視する!なんだか話がわかってきたぞ!」
ハナ「無視するって言ってないわよ」

ケンジ「証言とどういう関係なのかな?」

私「1999年にMSF国境なき医師団はノーベル平和賞を受けるんだが、その受賞スピーチを聞いてみよう。よく分かると思うよ」

...政治的対応が不適切かどうか、ことばでわかるのです。レイプ、強姦を「複雑
な女性的緊急事態」などという人はいないでしょう。レイプはレイプであり、大
量虐殺は大量虐殺なのです。そしてこのいずれもが犯罪です。

国境なき医師団にとっての人道援助活動とは、苦痛を和らげる方法を探す、自治を回復する道を見つける、不正の真実を証言する、そして政治責任を強く求めるということです。
(以下略)引用2

イチロー「うーん、すごい。俺も医者になってMSFで働くぞ!」

ハナ「すぐ気が変わるくせに!」

ケンジ「すごいけど、紛争自体を止めさせる人も必要だよね」

私「そう、それこそ国連本来の仕事なんだ」

国連憲章前文(目的):われら連合国の人民は、われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、(中略)これらの目的を達成するために、われらの努力を結集することに決定した。

「戦争の惨害から将来の世代を救」うことが国連の目的だと書いてあるだ
ろ?」


ケンジ「できてないじゃないか!」

ハナ「世界中の国が集まって、どうして出来ないのかしら?」

私「うーん。最大の原因は安全保障理事会の常任理事国(米・中・露・英・仏の5大国)には逆らえないこと、戦争を止めさせるための手段として戦争を予定していること(矛盾してるだろ?)、そして内政不干渉の原則(どんなにひどい人権侵害でも主権国家内の問題には介入できない)、などだよ」

国連憲章第1章第2条7項(内政不干渉):この憲章のいかなる規定も、本質上いずれかの国の国内管轄権内にある事項に干渉する権限を国際連合に与えるものではなく、また、その事項をこの憲章に基く解決に付託することを加盟国に要求するものでもない。
但し、この原則は、第7章に基く強制措置の適用を妨げるものではない。引用3

イチロー「第7章なら良いって書いてあるじゃないか!」

私「良く気がついたね」

イチロー「第7章に基づく強制措置、って何?」

私「紛争が世界の平和と安全に脅威だと思われれば、強制介入できるってことだよ」

ケンジ「ならどうして国連ができないの?」

私「それはね、国連(国際連合)の中で、国の利害が出て来て意見が合わないからなんだ」

一同「えーっ!」

イチロー「腹立つー」

ケンジ「足バタバタさせるなよ!」

私「ところがね。国連も捨てたもんじゃないんだ。フッ、フッ、フッ」

ハナ「気持ち悪—い」

私「国連はね、冷戦時代に敵のいない軍隊をつくり出したんだ」

イチロー「おー!やっと面白くなって来た!」

ケンジ「おっとー、止めろー、これが見えぬかー、国連だー、っていう軍隊だよな」

私「そう。国連の平和維持活動というんだ。いわゆるPKO(正式にはpeacekeepingピースキーピングという)だよ。」

というわけで、

次回は「敵のいない軍隊、国連の平和維持活動」とこれを創設したダグ・ハマーショルドのお話をします。

犬塚直史(いぬづかただし)