ページ

保護する責任と国連緊急平和部隊

保護する責任(Responsibility To Protect, R2P)         
国連緊急平和部隊(United Nations Emergency Peace Service

犬 塚 直 史


UNEPS国連緊急平和部隊はPKOの父といわれるイギリスのブライアン・アークハート元国連事務次長などによって提唱されている。しかし、もともとは1948年にリー国連事務総長がハーバード大学の卒業式でその必要性を訴えたのが最初です。賛同者にはJICAの緒方理事長やカナダのロメオ・ダレール将軍がおり、また最近では国連大学のラメッシュタクール教授の協力で、インドのナンビア将軍に日本の国会議員会館でUNEPS勉強会を催している。

それではいったいUNEPSとは何か
以下、アークハート卿のUNEPSの説明をご紹介する。
          
国連の平和維持活動は、ダグ・ハマーショルド(Dag Hammarskjold)やラルフ・バンチ(Ralph Bunche)の強い決意と主導のもと、国連総会決議の採択後わずか8日間で実現した。最速では、1973年のイスラエルとエジプトとの間の停戦協定の監視のために派遣されたUNEF2が、わずか17時間のうちに派遣されている。これらのミッションに比べて、冷戦後は複雑で、かつ直面する人道上の危機も一刻の猶予も許さないものばかりになっている。派遣が23ヶ月遅れただけで、人々の命ばかりか、ミッションの有効性やその後の指導力までもが失われてしまう。また、これらの部隊は混沌や無秩序の中で活動するために必要な訓練を十分に受けておらず、また散発的な暴力を止める術も持っていなかった。90年代に国連難民高等弁務官を務めた緒方貞子氏は秩序の維持や軍閥による暴力の阻止といった任務を果たせる十分に訓練された部隊が存在しないことが、大規模な難民キャンプの住民にとって何を意味するかを克明に書き記している。

かつてアナン事務総長が述べたように、現在の国連は「火事が起きて初めて消防車を購入できる消防隊」なのである。なぜここまで必要な国連機関を設置できないのか。滅多に公言はされないがもっとも根本的な反論が1つある。国家主権の侵害である。

ビジョンに富んだアイディアというものは、得てしてもっともらしい批判の対象となる。このUNEPS構想のようなもの(最終的にどう呼ばれるかは定かではない)も例外ではない。しかし、この構想に賛同できる究極の理由が一つだけある。それは、UNEPSは絶対かつ早急に実現しなければならない」ということである。[1]

 2011年7月8日設置の国連南スーダン派遣団(UNMISS)に、我国の陸上自衛他施設部隊の派遣が予定されている。南スーダンは誕生して今日で4ヶ月と4日目の国家である。この地では今まで20年以上にわたって悲惨な内戦状態が続いてきた。2011年初頭だけで116,000人の国内避難民を出している。この地に派遣される南スーダン派遣団(UNMISS)にどんな任務が期待されているのだろうか。

 ここで、東日本大震災における自衛隊と米軍の働きを思い起こして頂きたい。自衛隊はピーク時107,000の人員、航空機541機、艦艇59隻、を投入して19,286名の人名救助、9,408体の遺体収容、給水31,228t 給食386万食などを行った。米軍はピーク時20,000名の人員、空母ロナルド・レーガンを含む艦船約20隻、航空機約160機を投入して食料品、水、 燃料、貨物の輸送、遺体回収、そして仙台空港再開などを担った。こうした働きは主に被災直後から30日以内の早い時期に行われ、早期展開能力がある自己完結型の大きな組織でなければ絶対にできない実績である。

 しかし、日本と違って治安が安定していない南スーダンに代表される複合的PKOではもっと幅広い任務が想定されている。

 治安が安定していないということは、大災害その他で国の機能が麻痺すれば、略奪、レイプ、少数民族の虐殺などに陥ってしまう危険性がある。PKOの役割は冷戦前には停戦監視などだった。しかし一国の政府が自国民を大量虐殺などから守る能力がない、あるいは守る意思のない場合、国連の権威をもって当該国民を守る役目を与えられている。しかしいわゆる伝統的な戦闘行為は含まれていない。敵を殲滅し、占領し、支配することは問題外だからだ。しかし、ルワンダ的な状況、目の前で数十万人が虐殺されようとしている時にはすばやく、決定的な対応が求められる。

 しかしそんな対応の前に、予防、再建として必要とされるのが、武装解除、動員解除、社会復帰、あるいは警察や国軍などの治安部門改革がある。この分野には実は日本は経験がある。2002年のアフガニスタンでタリバン政権崩壊後に七つの北部同盟の軍閥が戦車やミサイルで武装して内戦状態に至った時に、65,000人の元兵士の武装解除を行ったのは日本の貢献だった。この時はカブールの日本大使館を拠点にして自衛官も含む各国の武官が武器の専門家として丸腰で日本大使館に協力し、軍閥の武装解除に成功している。日本がDDR、そして治安部門改革の内、国軍が米国、警察がドイツ、司法改革がイタリア、そして麻薬対策がイギリスの担当だった。ご存知のように10年後の今になってもアフガニスタンの治安が安定していない。ここでなぜここまでやるのか、という素朴な疑問が湧く。自国のことは自国民に任せれば良いではないかという素朴な疑問である。
2007年、国立国会図書館が発効したレファレンス「保護する責任とは何か」の中でこの疑問をこのようにとりあげている。

「平和構築」の内容は、外交調停、人道支援 や基礎インフラの復旧のような支援などにとどまるものではなく、相手国の国内治安制度、政治的枠組み、経済的枠組み、社会的枠組みの構築にまて及ぶとされる。
 主権国家に対して、その国の政治、経済、社会の基本的制度に関するような事項にまて「支援」を行うことか、なせ認められるのか。それは、不干渉義務の違反ではないのか。 
 ある国の国内事項のために、直ちに他の各国か自らの資源を拠出し、人員を危険にさらす理由かあるのか。[2]

そして、この疑問に対する答えを保護する責任に求めている。
 2001年に提唱され、20059月に開かれた 国連首脳会合で採択された「保護する責任」(Responsibility to Protect)の概念は、このような疑問に対し、次のような考え方を示す。
 すなわち、国家主権は人々を保護する責任を伴い、国家かその責任を果たせないときには、国際社会かその責任を代わって果たさなければならない、そして、国際社会の保護する責任は不干渉原則に優先する、というものである。[3]

 つまり保護する責任という考え方には、危機に直面している文民保護するだけではなく、そもそもそうした事態を引き起こさない社会をつくるという側面も含まれるのだ。そして特に重視されるべき予防する責任であるとされる。 この点については2001年にこの概念を提唱したICISSレポートでは、
 
 Prevention is the single most important dimension of the responsibility to protect.[4](保護する責任における唯一にして最も重要な側面が予防である。)

と明記しています。
 
 ところで、こうした保護する責任に対する各国の受け止め方はどのようなものだろうか。2005年の国連総会において全会一致でこの理念が採択されてはいるが、安保理等で現実の問題になってくれば国益に絡んで様々な反応がでて当然だからである。

保護する責任に対するアメリカの反応は今のところ前向きだ。例えば2007年に上院外交委員長だったジョー・バイデンはスーダンについてこんな発言をしている。

 …21世紀になって最初のジェノサイドで最大400,000人の人々が死亡した。数百万人の人々がチャド国境の両側の難民キャンプで重大な危機に瀕している。世界は重大な局面を目撃している:我々は協力してダルフールの人々を保護する責任を担うべきだ。[5]

 オサマ・ビン・ラデンが内戦状態のスーダンに潜伏していたことを考えれば、こうした発言も当然といえる。破綻国家を減らすことは米国の国益に直結する。そして単独で行動する場合にはその正当性に疑念が生じる上、国際社会の協力無しにはその効果も疑わしい。広く国際社会に協力を訴えつつ行動する以外に道は限られているといえるだろう。

 そんな中で本年2月から3月にかけてリビアの危機に対応する安保理決議が採択された。ここではじめてはっきりと保護する責任という文言が安保理決議に明示されている。


 決議1970リビア政府の保護する責任に言及して41条下の経済制裁などの措置、そして決議1973では飛行禁止区域の設定や武力行使を含むあらゆる措置が授権されている。国連安保理でこのような決議が全会一致で採択された背景には、この事態を放置すれば大規模な文民の虐殺が起こることが予想されたことが大きい。すなわち、カダフィが自国民を「ゴキブリ」と呼び、しらみつぶしの家宅捜索を宣言したのである。これはルワンダで80万人が虐殺された時にもまったく同じ表現が使われたことを、当時のPKO責任者であったカナダのロメオ・ダレール将軍が指摘している。また221日の時点でリビアの国連代表部副代表が「リビアでおこなわれているのはジェノサイド」という発言をし、国際社会の介入を要請している。

 これがリビアに係る安保理決議の賛否である。リビアと深い経済的な繋がりをもつBRICS諸国やドイツも、文民を大規模な虐殺から保護するという決議を葬り去ることはできなかった。特に中国とロシアが拒否権を行使しなかった背景には、もしリビアでルワンダのような事態が再発した時に、国際社会で厳しくその責任を指摘されることが予想され、そんな事態になれば人権を軽視する国として最終的には国力の低下を招くばかりではなく、歴史的な汚点を残す可能性があったのである。

 それでは日本が安保理の非常任理事国としてこの場にいたならばどんな投票行動をしただろうか。人間の安全保障を外交の柱に据える日本外交、同盟国アメリカの賛成などを考えれば当然賛成票を投じたと思われる。それでは、そのような立場にある日本が、保護する責任が明示された安保理決議を措置するためにどのような行動を起こすことができるだろうか。

 保護する責任に係る日本の立場は、2008年のダボス会議時点では、福田総理の演説に表現されている。すなわち、

 我が国は、「保護する責任」が問われるような紛争下の事態に対して、武力をもって介入することは国家の政策として行っておりません。[6]

 Japan does not intervene by force, as a matter of national policy, in such conflict situations where the international community may have to seriously consider fulfilling their 'responsibility to protect'; we are a nation that has primarily focused on humanitarian and reconstruction assistance.[7]

 下線部分訳:我々は、第一義的には人道支援と復興支援に焦点を当てている国であります。

 果たしてそうだろうか。この挨拶は、保護する責任を「武力をもって介入する」という対応の狭い意味に限定している。保護する責任の最大にして唯一の重大な任務は予防する責任であることはすでに述べた通りだ。もちろん日本が法治国家として憲法九条による行動の規制を受けるのは当然であって、それはどの国でも同じである。しかし、「保護する責任」を討議する非公開セッションにおいて一国の憲法上の制約を強調する必要はない。

 ここでは世界連邦運動として少し視野を広げて、こうした日本の憲法九条による制約がUNEPS国連緊急平和部隊設置の妨げにならないどころか、この提案を日本外交が行う際の論理的な必然性に繋がるという議論をしたい。


 ここに6つの取組みが箇条書きにされている。もちろん世界連邦運動はこれだけではないし、短時間で説明出来るはずもないが、日本の取組みという形で本当に簡単に活動の一例をご紹介したい。抜けている部分、説明が十分出ない部分等、多々あるとは思うが、UNEPS国連緊急平和部隊を全体の中で位置づけするために必要である。至らぬ点はご容赦頂いて先に進めたい。

 核の国際管理:冒頭に述べたエバンス=川口元外務大臣を議長とするICNNDの動きがあったことに加えて、日本外務省が国連総会で累次の核廃絶決議をおこなっているのは周知の通りだ。しかし実際に核廃絶に向けて具体的な動きに繋がっているかといえばなかなか難しいものがある。そんな中で市民社会が主導する形で「北東アジア非核兵器地帯条約」が提言されている。南米、北極、アフリカ、モンゴル、南アジア、に続く世界で6つ目の非核兵器地帯を日本と朝鮮半島を中心に設置するという構想で、周辺核保有国である米、露、中の3カ国が核兵器を放棄した北朝鮮、韓国、日本に対して核攻撃を行わないという3プラス3の形をとる国際条約案である。

  UNPA国連議員総会:EUにおいて実現されたように、主権国家の代表ではなくあくまでもEU圏全体の利益を考える、あるいは地球規模の利益を考えて議論できる立法府はグローバル・ガバナンスに必要不可欠だろう。いきなり世界議会をつくる運動と誤解されがちだが、そうではなく、まずは各国の議会から選出された議員が国連の場において地球規模の課題について国益を離れて討議できる形をつくることをめざしている。南米を中心に大きな動きをみせている。

 International Solidarity Tax国際連帯税:市民社会の働きかけにより、当時自民党の税調会長だった津島雄二氏が会長となって超党派の「国際連帯税を求める議員連盟」が立ち上がり、フランスを中心とする国際連帯税を推進する「リーディング・グループ」に世界55番目の参加国として加入している。当時日本の立場は現代のトービン税ともいわれるCTDL(通貨取引に0.005%程度の課税をおこなう)の推進にあった。一方、2011年に開催された世界連邦運動ワシントンDCにおける理事会では、むしろ世界通貨の創出に重点が置かれた感があるが、ヨーロッパ諸国での市民社会、国会での盛り上がり、日本での取組みを見る限り、CTDLの方が実現可能性が高いと思われ、この点については日本の世界連邦運動が貢献する可能性が高いと思われる。

ICC国際刑事裁判所とR2P保護する責任についてはある程度説明させて頂いたので省略するとして、いよいよ本題のUNEPS国連緊急平和部隊について述べてみたい。


 
 UNEPS国連緊急平和部隊とは、国連事務総長直下に設置される、常設、個人参加、国連安保理授権、民軍連携の国連緊急展開部隊である。

 1994年、ルワンダで80万人の人々が虐殺されたジェノサイド、民族浄化、人道に対する罪が発生した。当時、国連PKOであるルワンダ支援ミッション(UNAMIR)の司令官だったカナダのロメオ・ダレール将軍は「適切な任務を与えられた5,000名の兵士がいれば、あの虐殺の大半を防ぐ事ができた」と証言しました。1998年、軍を含むアメリカのいくつかの有力な組織が、ダレール将軍の主張をあらゆる角度から検証している。その結論を述べた米陸軍フェイル将軍の発言は以下の通りだ。すなわち「19944月7日〜4月21日という時期に、十分に訓練され、適切な任務と装備を与えられた、近代的な5,000名の兵士がルワンダに投入されていれば、あの暴力を阻止する事ができただろう」。

 これがUNEPS国連緊急平和部隊である。コフィ・アナン前事務総長はPKOの実態を説明して「火事の通報があってから資金を集め、消防自動車を探さねばならない世界有数の消防署」に例えた。そのように、安保理決議があってから3ヶ月から6ヶ月を経てようやく混成部隊が立ち上がる現在のPKOではなく、数十時間単位で緊急展開できる国連事務総長直下の部隊がUNEPSである。PKOを補完し、早期に投入され、早期に適切な機関に引き継ぐ。常設であるので十分なトレーニングを行い、個人参加であるので各国の組織をたばねる努力も不要となる。

 ここではこのUNEPSを日本のリーダーシップで設置する努力を始めることを提案している。なぜなら憲法九条で自衛権以外の武力行使を認められていない日本が、個人参加の国連機関をつくるように働きかける事は国際社会に理解されやすいからだ。得てして形を変えた侵略手段ではないかと警戒されやすいUNEPS国連緊急平和部隊のような構想を進めることができる必然性がある。そしてこれを押し進める経済力をもち、民主主義国家として国際社会にある程度の信頼感をもっている国は日本以外にないと考えられるからだ。
 これは、200611月に国立国会図書館に調査して頂いた憲法九条とUNEPS国連緊急平和部隊の整合性です。UNEPS設置に協力し、自衛隊員を含む日本国民がUNEPSに参加した場合、違憲行為となるかどうかをまとめています。結果は、最高裁判所の判決、内閣法制局、そして法務(省)の憲法解釈に照らして、UNEPSのような国連機関を推進し、日本国民がこれに参加する事について、昭和26年以来一貫して憲法の規定に抵触する可能性を排除している。
 最後に米国の動きを紹介する。UNEPS国連緊急平和部隊の設置は米国連邦下院において2005年、2007年の2度にわたって決議案として提出されている。残念ながら廃案となっているが、提案者の議論は以下のようなものである。

2005317日アメリカ合衆国連邦下院議会
提出議案名 H.RES.180
主提案者 アルバート・ウィン(D)
共同提案者 8名(D7,R1

議長、ほとんどのアメリカ国民は、電話1本さえあれば、緊急時には警察、消防、緊急部隊をいつでも呼び出せることを知っています。しかし世界のほとんどの場所では、人道的な危機が発生したときに同じように呼び出せる番号というものは存在しません。本日、ジム・リーチ議員と私は、全世界のための国際緊急部隊、すなわち「国連緊急平和部隊」(United Nations Emergency ServiceUNEPS)の創設を奨励する決議を議会に提出いたしました。(中略)

紛争激化防止のためのカーネギー委員会(Carnegie Commission on Preventing Deadly Conflict)の試算によれば、国際社会は復興努力(Reconstruction)よりも予防(Prevention)に力を入れることで、90年代の紛争介入で費やした200億ドルのうち、130億ドルも節約できたそうです。(後半は省略)

2007年3月5日 第110回アメリカ合衆国連邦下院議会
主提出者 アルバートウィン(D
共同提出者 D7、R

 この地図を見て頂きたい。緑色がICC国際刑事裁判所をの締約国117カ国である。茶色の国々はICCローマ規定に署名はしたが締約国とはなっていない国々、グレーは未署名の国々である。

 ジェノサイド、民族浄化、戦争犯罪、人道に対する罪、こうした人類の良心に衝撃を与えるような許しがたい犯罪行為に対して、国家を超えて個人の責任を問うのがICC国際刑事裁判所であるならば、国家の責任を問うのがR2P保護する責任である。この国際法廷、そして、この理念を育てて行くのと同時に、執行機関たるUNEPS国連緊急平和部隊の設置をNYの世界連邦の動きに呼応しながら推進してはどうでしょうか。昔の諺にあるように、「戦争の反対は平和ではない。戦争の反対は創造すること」なのだから。



[2] 国立国会図書館:レファレンス、「保護する責任とは何か」 
2007
3月号、川西晶大

[3] 国立国会図書館:レファレンス 平成183月号、川西晶大
[4] ICISS, The Responsibility to Protect, 2001
[5] Joe Biden
Senate Press Release20 July 2007      
[6] ダボス会議非公開セッション「保護する責任:人間の安全保障と国際社会の行動」冒頭挨拶での福田総理演説2008126
[7] http://www.mofa.go.jp外務省HPより抜粋、アクセス2011117日下線部訳は犬塚直史