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アフガニスタンの麻薬対策

アフガニスタンの戦争経済を終焉させる
日本の役割は麻薬対策にあり         

犬 塚 直 史





時代遅れの「グレート・ゲーム」

 大英帝国とロシアがこの地の覇権を争った時代からアフガニスタンは「グレート・ゲーム[1]」というパワー・ポリティックスの中心だった。アレクサンダー大王の帝国、ペルシャ帝国、モンゴル帝国がこの地の主役だった時期もある。現在では東西に中国とイラン、南北にはロシアと親米インドを結ぶ十字路の交差する土地である。この国でアメリカは10年を超える戦争いを続けている。出だしは自衛権の行使だった戦いも時が経つにつれてはるかに複雑で難しい目的に変貌している。すなわち「アフガニスタンの国づくり」である。
そもそも占領軍は例外なく叩き出してきた誇り高い歴史をもつアフガニスタンにおいてこれほど無謀な目的もないだろう。ある米軍司令官にタリバン高官が「お前達は時計をもっているかもしれないが、我々は時間をもっている」と言ったと伝えられる。本当かどうかは別にして、本質をついた表現だ。すなわち外国軍には「出口戦略」があってもアフガン人にそんなものはないのだ。オバマ大統領は2014年までの撤退を表明しているが、肝心のカルザイ政権はアメリカの傀儡と見なされている上、汚職の蔓延などで正当性を失いつつある。そんな中で、中国はアフガニスタンの膨大な地下資源に目をつけ、2008年には銅採掘の権利を、今年になって原油採掘権も獲得した。銅採掘は経済プロジェクトとしてはアフガニスタン史上最高価格の約3000億円(1ドル100円換算)で落札されている。銅や原油だけでなく、鉄、レアアースなども豊富にあることが旧ソビエト連邦や最近のアメリカ調査団の調査によってもあきらかになっており、その埋蔵量は100兆円とも300兆円ともいわれている。世界のエネルギー・資源地図を変化させる巨大な埋蔵量である。当然これを掘り出して運搬しなければ資源にはならないが、政治の不安定性、安全面などを考慮すれば、現在のアフガニスタンに一般企業が進出するのは相当な高コストが予想される。そんな中で市場原理の論理では到底手の出ない巨大プロジェクトを中国の国有企業が次々にものにしている。自国とアフガニスタンの間に、チベット、ウィグル自治区、カシミールを抱える中国にとっては、ここをおさえることは軍事的、外交的なメリットが極めて大きい。パキスタンの天敵であるインドと米国が原子力協定の調印などで急接近するなかで、アフガニスタン・パキスタンの地に影響力を持つ事は中国にとって焦眉の急だろう。こうした中国の動きをアメリカのメディアが「アメリカのランチを中国が食べている」と揶揄しているが、それも当然だろう。苦労して準備したランチを横取りされる位ならまだしも、市場原理を無視した形のえげつない経済活動が中国の「グレート・ゲーム」であることは間違いない。

日本の役割:麻薬対策

 そんな中で日本が国益をかけて行うべきは、この地で我国のソフト・パワーを発揮することである。日露戦争でロシアをやっつけた東洋の小国、日本の評判は良い。「美しい誤解」といわれる位の日本びいきなのである。そうした日本のソフト・パワーを最大限生かせる事業が、本稿の提案する麻薬対策であると考える。

世界のアヘンの90%を占めるアフガニスタンの麻薬産業が農民の生活手段と化していながら大半の民衆は一日2ドル以下で暮らしている。不法薬物取引が武装勢力やマフィアの主要な資金源になり、終わりのない戦争経済の中心になっている。タリバン政権崩壊後のアフガニスタンで日本が中心となって元北部同盟戦士65,000人のDDR(動員解除、武装解除、社会復帰)の成功は、日本は「隠された政治的意思」を持たない、という信頼があったからだといわれている。同時期にイギリスが担当して失敗した麻薬対策を、もう一度我国が主導して進める時がきたのではないだろうか。2014年までに米軍が撤退することになった今、それまでにアフガニスタンが戦争経済から脱却することは全ての(まともな)ステークホールダーに共通する願いだろう。既に、我国はアフガニスタンに対して200911月に概ね5年間で最大約50億ドル(1ドル100円で5000億円)の経済支援を表明し、201110月現在約17.5億ドルの支援を実施している。日本政府からプレッジされた資金だけでも、不法薬物栽培から脱却するためのケシの買い上げ、代替作物の提供、技術供与などを行うのには充分だと思われる。

価値観の共有

 さて、麻薬対策は軍事力や経済力だけでは絶対に達成出来ない一大事業とである。国の混乱につけこんで一攫千金をたくらむ輩はどこの国にも存在する。そんな相手に戦いを挑むのであれば、一番大切なのは麻薬生産に関わる農民、そして現地武装勢力と価値観を共有することだろう。つまり、ケシの栽培・売買・アヘンの使用はイスラムの教えに反する、という側面から同じ価値観を共有するのである。実はこのプロセスは既に日本で始まっている。200911月東京で「アフガニスタンの和解と平和のための円卓会議」が行われ、アフガニスタンからはスタニクザイ大統領顧問を中心とした派遣団が参加している。主催はWCRP(世界宗教者平和会議)、日本外務省後援という形で、イスラムの法学者を含むサウジアラビア、イラン、パキスタンなどの周辺国家が中心となって3日間の会議を行っている。注目すべきは採択された成果文書で、「不法薬物の栽培、売買、使用はイスラムの教義に反する」という内容が成果文書に明記されたことだ。フォローアップ会議も2010年9月に京都で開かれ、同様の成果文書が採択されている。会議に参加したNATOの将軍が「過激な暴力集団の最大の脅威は正しいイスラムの教えだ」という発言をしたのは特筆すべきだろう。

戦争経済を終焉させる

 資源小国である日本が原油やレアアースは喉から手が出る程ほしいのは当然だ。しかしまず資源ありきでは中国外交と一緒になってしまう。そうではなく戦争経済を終結させることを目的とするのである。その結果として中央アジアの地において真の友人と豊かな資源を手にするのだ。共存共栄である。正義は勝つというが、こうした日本の「隠された意図のない」外交姿勢は必ず実を結ぶだろう。

 アフガニスタンでは資源や覇権を目的とした軍事行動は歴史的に失敗してきた。それがどんな超大国であってもアフガニスタンは「帝国の墓場」なのである。今こそ日本らしい役割を果たすべきだろう。他の帝国ほどはっきりとはしていないが、中国のやり方も経済による他国資源の収奪であり、軍事による収奪と同じように破綻する時がくるだろう。アフガニスタン人にとって納得できる正当な政治勢力によって自ら進める開発でなければ持続するはずもないからだ。日本はあくまでも正しい目的のために正しい行動を選ぶ、つまりアフガン和平のために麻薬対策を行うべきだ。「グレート・ゲーム」などという失礼な話はそろそろ終わりにすべきだろう。

[1] ラドヤードキップリング(Rudyard Kipling)、‘Kim’, 1901年