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自衛隊の南スーダンPKO

自衛隊の南スーダンPKO派遣を
UNEPS(国連緊急平和部隊)設置まで進展させるべし

犬 塚 直 史



国連PKOは「119番通報を受けてから消防自動車を買いに行く消防署」に例えられる。各国に部隊派遣のお願いをしている間に火は燃え広がってしまう。独自の部隊を持たない国連の悩みである。そんな中で今回の野田政権による前のめりともいえる自衛隊PKO派遣決定は大いに評価すべきだ。しかし残念ながら内容的には当事者意識が皆無で、PKOの抱える構造的な問題に日本がどのような貢献をするのかは全く見えてこない。ハマーショルド事務総長の時代から1988年のノーベル平和賞受賞くらいまでは輝いていた国連PKOも、冷戦後はその役割が複雑かつ多面的となり大きな変革期を迎えている。


  単なる停戦監視団という役割から21世紀のPKOは大きく踏み出さざるを得なくなったのである。国連の中立性を生かした和平交渉の仲介、予防外交から国づくりに係る制度構築までが視野に入るようになり、これを支える組織改革は焦眉の急になっている。今回はそうした複雑な任務をもつPKOの一つである南スーダンに派遣される自衛隊がどんなストーリーを持ってくるのか、また同時に日本外交がPKOの発展にどんな提案と貢献を用意するのか、ここが問われなければならないだろう。本稿では、憲法九条の制約がある日本の貢献として、UNEPSUnited Nations Emergency Peace Service国連緊急平和部隊:国連事務総長直下、常設、個人参加、多国籍、民軍混成、緊急展開、安保理授権)設置によるPKO改革を国際社会に働きかけることを提案する。


南スーダンの国連平和維持活動
  本年7月9日の南スーダン独立前日の7月8日、国連PKOである南スーダン派遣団(UNMISS)が安保理決議1996に基づいて設置された。国家独立をする南スーダンは治安が不安定で、2011年初だけでも116,000 人の国内避難民を出している。国家として安心して一人歩きができる状態ではなく、内戦状態への逆戻りも危惧される不安定なスタートである。そんな状況の中、南スーダン派遣団は最大で軍人7,000名、文民警察官900名の派遣を想定している。また「国連憲章7章下」の派遣であり、新政府が自国民の保護に十分な力を発揮しない場合には、武力行使を含むあらゆる手段を使って市民の保護を行う任務も想定されている。

  そうした国連南スーダン派遣団の一翼を担う陸上自衛隊の施設部隊に期待されているのは、道路や空港整備によってPKO活動の下支えをすることである。PKO参加の自衛隊は自己保存的な武器使用権限しかもたないため、7章下のPKO参加においては、いわゆる後方支援という形にならざるを得ない。もちろんどんなPKOでも武器の使用は目的ではない。例えば今回の南スーダン派遣団の目的は、各ステークホールダー間の政治的調整を通じて和平交渉を行う「グッド・オフィス」機能、南スーダンの警察や国軍の整備を支援して自力の治安維持を行わせるSSR治安構造改革、そして市民が急迫する身の危険に直面しても政府がこれを保護できない/保護する意思のない場合の武力行使も辞さない当該市民の保護(いわゆるR2P保護する責任)などである。冷戦中のPKOとはまさに様変わりしていることがわかる。

  こうした状況下での自衛隊施設部隊の活動は大きな意味がある。ただし今後とも我国がPKOに深く関わって行くならば、注意を向けるべき問題は自衛隊ではなく政治の側にある。今回の自衛隊派遣をビジョンなき単なるお付き合いで済ましてはならない。

武装集団の役割

  紛争地域における武装集団の本来の役割は何か。それは現地政府の活動支援はもとより、人道支援や開発を専門とする国連機関やNGOが活動出来る治安状況を確保すること、つまり人道的空間を確保することにあるだろう。自己完結型で早期展開が可能な武装集団である自衛隊がその工兵隊を派遣して道路やインフラの整備を行う事は決して本業ではない。自衛隊に本来の意味の開発はできないからだ。撤退した後に地元住民による持続可能な開発メカニズムが存在しているかどうかが勝負であり、あくまでも地元を主役とした経済活動を支える社会的、経済的、物的インフラ整備という意味での開発には、開発の専門集団が存在する。

人道支援と開発を行うNGOなど
  私は医療支援のNGOであるMDM (Medcin Du Monde, 世界の医療団) の一員としてダルフールのカルマIDP (Internally Displaced People)キャンプに入った経験があるが、医療という側面だけ見ても開発は武装集団の業務とはなり得ないことを実感する。現地では国連OCHA(Office of Coordination Humanitarian Activities) の事務所で定期的にセキュリティー・ブリーフィング(治安状況の情報共有)が行われ、責任者は活動の継続か一時撤退かの悩ましい決断を日々迫られていた。悩ましい決断である。長年行ってきた地域医療で地元スタッフも育ちつつある。必要な物資を供給するルート、地域医療機関との連携、保健衛生の啓発も進みつつある。失業対策としてもある程度の建築工事などで貢献している。ここで一時撤退するのはいかにも残念である。しかし、治安が日々悪化して行く中で人道支援を行うのに、いったいどこまで危険を冒さなければいけないのか、あるいは冒すべきなのか、という問題に逢着するのである。こうした局面において開発を行う文民の活動が可能となる程度の治安確保が実現されているのが人道的空間である。人道的空間を確保するための政治的交渉、調整、軍事組織の駐留、地元政府の能力向上など、21世紀型のPKOは持続可能な平和維持の複雑な任務を負うのである。

日本の選択肢
  国連のPKO活動に日本は米国に続く世界二番目の資金拠出を行っている。今後、経済面のみならず人的にも大きな貢献するためには選択肢は二つあるだろう。一つ目は法整備を行って自衛隊がどんな形のPKOにも参加できるように武器使用基準を緩和することだ。この場合にはカナダのピアソンセンターのような訓練機関を設け、民軍の連携、他国との連携をスムースに行う準備をしなければならないだろう。これを実現する立法が憲法九条に抵触するかどうかについて国会で議論になるだろうが、国連PKOという枠組みにおいて自衛隊の武器使用制限を緩和することは可能と思われる。

  二つ目の選択肢は、さらに一歩踏み込んだ本稿の提案である。それは、国連PKOの早期展開を可能にするために、志願した自衛官が個人の資格で参加出来る枠組を国連内に設置することを働きかけることである。国連PKOは安保理の決議から展開まで平均で1年6ヶ月という時間がかかっている。これでは初期鎮火をするどころか、地域一帯に燃え広がってから消火活動を始めるようなものだ。そうではなく、安保理の決議があれば国連事務総長の決断で数十時間以内の展開ができる国連PKOが必要とされているのである。各国の部隊単位で構成される現在の枠組みでは遅すぎるということだ。つまり国連事務総長が自ら動かせる平和維持部隊の設置である。国連機能をそこまで強化させることについて反対をする国が現れるだろうが、五大国が拒否権をもつ安保理決議を根拠とする執行機関である以上、そうした反対を乗り切ることは可能と思われる。現在国連内に設置されている早期警戒メカニズ機能を強化する形で憲章22条基づく新しい機関を設置するという提案になろう。こうした提案は日本国憲法第九条の下、法治国家として憲法を尊重しながらどのような形で国際平和協力活動を行うかという日本独自の政治環境に由来しており、日本にとっての必然性を訴える事ができる。同時に、アフリカ、中央アジア、中東などの地域で侵略の経験がない日本の、PKOにかける純粋な意図(隠された政治的意図の不在)を説明することは難しいことではなかろう。

  自衛隊は命令を受ければどんな条件であろうと立派にPKO任務を遂行するだろう。しかし注意すべきは国連PKOという、冷戦後その機能の大きな見直しが迫られている枠組みに対して日本らしい貢献ができるかどうかにあるだろう。